最高の時計を見つけた
最高の時計を見つけた。仕事用に高価な時計を買おうと思った。
三十代半ばという年齢に応じた恥ずかしくないものを身に付けたいと思った。モチベーションをあげる、少しは優越感に浸りたい、また憧れがあったりボーナスも入ったりと理由は色々あった。しかし、父の事を思い出し買うのはやめた。
父は六十代半ばでも毎日泥々になりながら現場仕事をしていた。仕事で身に付けていたのは古くてとても安価な時計だった。その時計は、父の体と同じように酷使されとても汚れていた。それはもともと自分が若い頃に使っていたものだった。自分が使わなくなり捨てるつもりのものを父は使っていた。父が普段乗っていた車も自分のお古だった。それも仕事の道具や荷物が積まれて汚れていた。
もっといい時計を買ってあげたかった。もっといい車に乗せてあげたかった。美味しいものをたくさん食べさせてあげたかった。色んなところに連れていってあげたかった。
息子である自分を頼もしく思って欲しかった。誇りに思って欲しかった。それくらいに活躍した姿を見せたかった。自分の娘も見せたかった。娘の弾けるような笑顔を見せてあげたかった。それをあてにして美味しいお酒を飲ませたかった。一緒にお酒を飲みたかった。
父が使っていたものに似た時計をオークションで見つけた。値段は千円程度だったが、これほどモチベーションが上がるものもなかった。父と共にある証としてこれを一生つけることに決めた。