woodenvalleyのブログ

日々感じた事や思った事。大切にしてる事。ふとした事。子供の事。

夢に一歩。

夢に一歩近づいた。奇跡が起きた。自分の実力を超える力が働いた。また救ってもらった。第三種電気主任技術者試験の四科目の中の電力試験に科目合格する事ができた。第三種電気主任技術者試験に合格する事を人生の目標とし、また生きた証にする為に頑張ってきたが、その中でもただ一つ合格する事も困難に感じる事が多かった。まだ夢への途中だが、夢の中にいるような信じられない気持ちなのは、今回もうまく説明する事ができない大きな力に助けられたからだろう。感謝するだけでは勿論足りない、何としても、あと二年以内に第三種電気主任技術者試験に完全合格をしなければならない。自分の頭や実力を見つめるほど遠く離れていくような道のりだったが、気付けば頂上までの距離が4分の1縮まっていた。諦めない限り必ず状況は打破できるだな。劣ろうと、遅かろうと、置いてかれようと、怒られようと、決して諦めずに、自分を信じて、自分のペースでひたすら進んでいく。必ず幸せに繋がるから

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それは突然。

それは突然宿直中にきた。

おかげで幸せな朝を迎える事ができた。 

娘からの一番最初のメール。

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久しぶりに夢の中で。

久しぶりに夢の中で父に会った。私は大きな倉庫の中にいた。そこにはたくさんの種類の商品が乱雑に置かれていた。私はその会社の新人社員という立場のようで、誰かに倉庫の整理を任された。私はすぐに作業に没頭した。周りもたくさんの人間が慌ただしく働いていた。そんな中でふと目をやると父が立っていた。直感的にすぐ消えると思ったので、とっさに仕事を手伝うようにお願いをしていた。夢の中でも父は確実にこの世にはいない存在になっていた。父はどこかへ行ったようだったが、私はまた仕事に没頭した。それから私は、ある程度片付いたので、手伝いもせずにどこかをほっつき歩いてるであろう父を探しに行った。しばらくすると父はいた。彼は必死で汗水を垂らして働いていた。その姿にしばらく動けなかった。夢の中でさえ一番しんどい仕事を選んでくれたのだろう。それは紛れもなく私の為だった。おまえに言われなくてもおまえの力になれる事は全力でするという無言のメッセージのようだった。彼はそういう人間だった。私の事を今もずっと思ってくれているのだろう。私も子供に対して同じ様な思いを抱き、同じ様な事をするんだろうと思う。しかしどんなに頑張っても、近づく事は出来ても父の様にはなれないし、一生彼を超える事もできない。私は父のひたむきな姿を忘れずに、目標にし続けなければいけない。夢の中の父はいつも自分の力になろうとしてくれている。それがどれだけ嬉しくて心強いか。それだけで何があろうと前進できる。

鏡。

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親について。

親について深く考える、また考えるようになる瞬間は最低でも2つあると思う。それは自分が親になった時と親が亡くなった時ではないだろうか。

私と父はずっと友達のような存在だった。普通は秘密にするような事も、どんな事でも話してきたから、成人してからはもう改まって話すような事は何も無かった。お互いに全てを知っているというような感じだった。父が余命を宣告されてからでさえ、他愛のない会話しかしなかった。心が言葉を越えているような、何か達観した自分がいた。父が元気な間にやっておきたい事も後悔も一つも無かったので、父が亡くなった瞬間もやはり冷静だった。新人の看護士さんが泣いてくれていたのを覚えている。短い入院で少し仲良くなっていたのだろうか。またある看護士さんは、こんな緊迫した状況で家族が見舞いに来ない事を不思議に思っていたと話してくれた。父は当時何も話してくれなかった。今なら分かるが父は全てを知っていたんだろう。みんなと離れる事を受け止める事が出来なかったんだと思う。だから最後の最後で距離を置く選択をした。

今では父に関わるそんな些細な事もすごく気になって考えるようになった。こんな事は全く想像出来ない事だった。私は父に対して全く執着や依存が無かったし、父の死をしっかりと受け入れて受け止めたと思う。そんな人間でさえ、気が付けば父の人生を振り返ったり、父の事を思って寂しくなる機会が増えている。

そう考えると、みんな頑張っているんだなと思う。親の死を受け入れる事が出来ず苦しんでいるのかもしれない。生きる気力を失う人の気持ちも否定する事は出来ない。私のように変わり者で強い人間は少ないと思う。乗り越えられない可能性もある。だからこれから親の死を経験する人には、どうか相当の覚悟を持ってもらいたいと思う。一度親が死んだつもりで、悔いのないように残りの時間を大事に共有してもらいたい。また、親の死を経験した人には、困難や悲しみに直面した時など、気軽にコミュニケーションやアドバイスをもらう事が出来ない代わりに、今は自身と同化し、同じ目線で一緒に向き合い、乗り越えようとしてくれていると安心してもらいたいと思う。心は二つになって、今は完全な一人ではないんだと、気休めでも心が楽になってもらいたい。

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資格取得数。

資格取得数が、第1種冷凍機械責任者と乙種第6類消防設備士を取得すれば今年中に十個を超える。振り返ると、職業訓練学校の入校をきっかけに幾つかの仕事を経験しながら、今まで乙種第4類危険物取扱者、第2種電気工事士フォークリフト運転技能講習、認定電気工事従事者、甲種第4類消防設備士、第1種電気工事士、高所作業車運転技能講習、2級ボイラー技士、自衛消防業務講習と確実に取得する事が出来た。

しかし、もっと資格について調査し優先順位についても修正できたと思うし、何より仕事や職種、会社について思慮深く見つめて選ばなければならなかったと大きな反省はある。ただ、設定した目標と大きく掛け離れる事なく着実に努力を続けてこれた事、そしてその環境を与えてもらえた事にはとてつもない感謝がある。

それまでの自分は、未経験者の求人しか見れなかった。何より見ようともせず、逃げ続けて都合の良い運だけを待つのが当たり前になっていた。資格は、取得の発想は無く夢のまた夢だった。年齢を重ねて必然的に求人の幅も数も減少していった。夢から醒めて、ただ単純に、いい大人にもかかわらず無防備な裸の状態が怖くてたまらなかっただけかもしれない。本当に数年は記憶がないほど、資格を人生の目標として、また今までのツケを返そうと必死に向き合ってきた。

そんな自分が今資格について、あくまで自身の観点と経験から言える事は、資格はパスポートという事に尽きるかもしれない。それが無いと入国できないように、資格が無いと仕事を始める事ができない。また、パスポート同様に資格は必須条件であると同時にスタートラインである。資格の所持だけなら入国しただけに過ぎない。重要なのは入国後であり、目的があって旅行するように、やりたい事や目指すものがあって初めて準備をして必要な資格を取得しなければいけない。自己啓発や勉強の為の資格取得は決して悪いとは言えないが、行きたくも無い国のパスポートは取る時間もそれ自体も無駄になる。いくら資格があっても強い意志や方向性が見えないと採用者や会社には響く事はない。

何より重要になるのは、入国後のビジョンであり、資格と共に目指すものを決める事。その後進路変更があった場合でも、目標に向かい努力してきた結果と整合性を証明出来れば、ひとまず相手に納得してもらう事が出来るし、評価の対象になる可能性もある。資格取得に限らず社会においてこれはとても大切だと思う。

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