woodenvalleyのブログ

日々感じた事や思った事。大切にしてる事。ふとした事。子供の事。

遺書というほどの

遺書というほどのものではないが、もし今日が人生最後の日として思い浮かんだ事を、心のポケットにしまい、ここにも記しておく事にする。(自分に何かあった時に何か残しておきたいとはじめたこのブログ自体がある意味遺書ではある。)


まずたくさんの方に感謝しないといけない。それだけで膨大な時間を費やす事になってしまうが、そのような時間は無いという設定なので、代表して奇しくも自身の十代後半付近に奇跡的な出会いをさせてもらった親友たちに伝えさてもらう。

最高の友人たちへ。まず出会ってくれてありがとう。そして、今までありがとう。現実に常にそばにいた期間は限定されていたと思う。しかし存在してくれているだけで常に大きな力を与えてくれていた。そういう意味では常にそばにいたと思うしこれからもそうだと思う。この世であろうとあの世であろうと、いつでもドライブしたりご飯食べたら飲んだり、楽しい音楽の話をする準備は出来ていると伝えておきます。

そして、父親と母親に感謝。少しでも親孝行したと思ってくれていたら嬉しい。自分を産んでくれてありがとう。

そして、兄弟に感謝。二人が自立への道筋を立ててくれた事、そして見守ってくれたおかげで自身の今がある。兄弟でいてくれてありがとう。

そして、三女。由奈、生まれて来てくれてありがとう。

そして、二女。生まれてきた証を残してくれてありがとう。

そして、長女。奈緒、生まれて来てくれてありがとう。

そして、妻。由加、ありがとう。そして、愛してる。たくさんありがとう。

最後に、今まで幸せな時間を与えていただき、たくさんの素晴らしい経験をさせていただいた事に感謝致します。

そもそも使命が違う

そもそも使命が違う。同じ時代同じ瞬間を生きている事は非常に尊い事に間違いない。現在の日本では教育環境も整備されて、非常に多くの人が一律一定に教育を享受できる環境にある。その瞬間に学ぶべき物事はたくさんあり、かけがえない出会いもある。その中で生まれる苦難もあるが、それがいつか花を咲かせるように免疫をつける為の社会生活のトレーニングの場としても大きな役割を果たしている。そのように人生におけるメリットが非常に多くあるのは疑いようがない。しかし、その中で気をつけなければならない事がある。その事を過去の自分にだけでなく、これからの人生に向けても落とし込んでおきたい。しっかり意識しなかった私は、一括りの中でとてつもなく大きなものを見落として過ごしてしまった。人生のポケットのようなものに嵌り長い間動けずにいたというのか、動こうともせずまたそれに何の疑問も持たなかった。具体的に言えば、集団生活の中で多勢の論理に埋もれ、武器が無いのに焦る事なく努力を怠り、思考停止の状態に成人してからも尚陥ってしまった。皆が皆そんな状態では決してなかっただろう。集団の中でも各人が独自のタイム感を持って、目指す方向にベクトルを調整し研磨していたと思う。私は、当然当たり前の事であるはずの、みんなそもそも使命が違うという事を理解していなかった。寿命も違う。信念も違う。目指す道も、特性も違う。人間が違う。若くして明日死ぬかもしれない。自分だけの自分の人生を大切な時間を、偶然の横並びの中で、ただ盲目に右へならえや優劣の競争で無駄に過ごしてはあまりにもったいない。他人の意見で自分の本当の声を消してはならない、自分の直感を信じる勇気を持て、とはジョブスの言葉だそう。自分の心の声に正直に生きてほしい。今の瞬間も自分の人生を歩んでほしい。勿論好き勝手に生きる事や無茶無謀は論外ではあるが、それも含めて不安定や困難などマイナス要素に見える状態であってもすべてのリスクを受け止めて本当にやりたい事をやるという意思やメンタル、あるいは幸福感があればそれも良しだろう。考える、頭を使う事は心と相反するようではあるが、自分の心の手助けに必ずなると思う。どうかしっかり頭も使って後悔のない選択をしてほしい。あなたが最終的に間違いのないような納得できるような自分の人生の決定をする事を楽しみにしている。


甲種第1類消防設備士試験

甲種第1類消防設備士試験に合格。

また課題をクリアする事が出来た。コンスタントに勉強できる環境、健康な身体や思考、サポートしてくれる家族、存在自体が大きな力になる大切な友人、それらかけがえないものを与えてもらっている事に只々感謝、もうこれしかない。

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